あらたま@メモ魔通信

くらしの一コマ、ねこ、きもの、ラーメン、読んだ本、などな日々の活動メモ。書いて、読んで、猫と暮らす。丁寧ではないし、断捨離もしてないし、OLもしてません。

【読書記録】ねこまんが なにぬ猫んち。vol.6

 

 Kindle版にて。

 連載を追いかけてるけど、まとめて読むと可笑しさ・切なさ・ヒトという種族にはない過酷さがひとしお染み入る……。


【読み始め】2023年11月28日
【読み終わり】2023年11月29日

 

 

 

2023年11月28日
 大らかなプーケットの風土がそのまま伝わるような、優しい筆致。
 けど、描かれるのは『ネコ、カワイー』だけでなく、外で暮らす猫たちの仁義の通し方だったり時に垣間見える人間の身勝手さだったりして、相変わらずの信頼を寄せて読むことができる。安心、安心。
 
 とても個人的な見解の話なんだけど、私は「猫は・動物は人間に癒しをくれる尊い存在なんです!」とか言ってる人、大真面目に信用できないタイプだなと思っている。
 
 動植物はただただ、必死に己が命を生きてるだけである。
 アナタのストレス解消なんてぶっちゃけなんとも思ってないし、むしろ「そう思うならオマエが体をはって我を癒せ、おろかな人間め」くらいに思ってるヨ……というのが、まあまあの長い年月数々の動植物と接してみて得た認識。
 
 少なくともうちのにゃんこは私のことを『ボクを可愛いと褒め、撫で、ごはんくれる大きい猫』と認識してるフシがあるし、私が癒されるためだけの抱っこも吸い物も許しちゃくれんよ。
 
 
2023年11月29日【読了】
 WEB連載の時もだったんだけど……この第六巻は「ペット飼いたい」と思い立った老若男女は一度読むべきだし、読んでからまだペット飼いたいと思うかどうか確認してから更に一週間くらいはお迎えの検討を重ねて欲しい。
 そのくらい、本書が世に問う『人間と動物の関係性』は、深くて決定的な答えが出ないことだから。
 
 特にラテのエピソードは、国民性云々の話で距離を置くにはあまりにも……。
 
 動物愛護家の大半は「命に貴賤は無い」という。
 私もその考えに異論はない。
 救える命も、哀しいかな救えない命も、みな尊い
 だからこそ、だ。
 一度手を差し伸べたなら、最後まで面倒見ろって……そういうことを声を大にして言いたい。
 
 うちのにゃんこは、ペットショップでお客さんに「育ちすぎ」と誤解され、まったく見向きもされていなかった。抱っこされる他の猫を羨ましそうに見上げ、次は自分も……とお利口にお座りして待ち続けていた。
 ただの大型長毛種の仔猫。甘えん坊で、可愛いねえと言ってもらうのが大好きな男の子。来週までお迎えが決まらなかったら、その後はどうなるかわからないと言われた子。そういう猫ですよ、と説明を受けたのが私とにゃんこの出会いだ。
 にゃんこにはたまたま血統書が付いてたけど、そんなの無くても、たぶん我が家に迎え入れていたと思う。だってこれまでに出会った猫の中で唯一、最初から私をオカアサンだと信じてくれたもの。
 ペットショップを親の仇みたいに悪く言う人はすぐ「うちの猫はみんな保護猫」という。保護した猫こそが猫オブ猫であり、それ以外の猫は歪な人間の欲によって生み出された「モノ」であると言わんばかり。
 私はそういう人にも『命に貴賤なし』の言葉を届けたい。猫にも、貴賤は無い。キャッテリーで生まれた仔猫だって、猫は猫だし必死に生きてる。
 私は、私のそばに今いるにゃんこが宇宙でもっともカワイイ猫だと思うし、どこのどの猫よりも幸せであって欲しいし、猫に生まれて良かったと振り返りながら天寿を全うして欲しいと願っている。そんな子が私をオカアサンと選んでくれたのだ、裏切れるはずなどないではないか。
 
 話がだいぶそれちゃったけど。
 なにが言いたいかっていうと、動物と共に暮らすというのは、人間同士同様『信頼関係』が一番であり、お互い信頼し合っていても救い合えない場合もある。
 人間として生まれたから、エライというわけでもない。
 だけど猫や犬をちょっとだけ楽をさせてあげられる知恵と勇気はある。
 私たちにいったい何ができるだろう?考え方や保護した数を誇ったり競ったりしてる場合か?……みたいなことを、私は本書を読み返す度に考えるんだと思う。