Netflixにて鑑賞。
以前よりネットの評判が気になっていて、ようやく鑑賞の機会を得た……というと聞こえはいいけれど。ぎっくり腰、早く治って(´;ω;`)ウッ…
歌舞伎町のショーパブで働きながら、日々淡々と生きる凪沙。彼女は生れ付いての体と心の有り様の齟齬に鬱屈とした思いを抱えつつも、悲しい諦めと共に無理矢理街の中に埋もれようとしてるようにも見える。
そこに思春期真っ盛りの少女が転がり込んだら、何らかの化学変化が起きない方がおかしい。
――と、ここまでの予備知識を入れていたので、薄ら昏い色彩の中にもカラッとしたユーモアの光る作品だと思って見始めた。
ぜんぜん、違った。
柔らかだし、遠回しだし、登場人物の殆んどが自分の感情にきちんと向き合ってるように見える。自分とは向き合うけれど、他者とは努めて一線を引いている。
それだけ、それぞれに抑圧されている。抱えているものの重さに、常に喘いでいる。
ジェンダー映画ではないけれど、同じような抑圧に笑顔と歌と利他愛で抗おうと試みたようにみえた『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に比べたら、そりゃあ心の漣は小舟を浮かべられるくらいには穏やかだけど、だけどやっぱり、鑑賞後のやるせなさはどうしようもなかった。
なんで私ばっかり……誰もが多少なりとも抱える気持ち、吐き出したい言葉。他人と比べちゃならないよと躾けられた人には、刺さり過ぎる台詞なんじゃないかなあ。他人と比べずにいられるってことは、それだけで恵まれてるってことなんだよな。