あらたま@メモ魔通信

くらしの一コマ、ねこ、きもの、ラーメン、読んだ本、などな日々の活動メモ。書いて、読んで、猫と暮らす。丁寧ではないし、断捨離もしてないし、OLもしてません。

【読書記録】少年についての独白

文学フリマ東京でお迎えしました


 文学フリマ東京でお迎えした作品。

 瑞々しく、儚く、迂闊にため息をつくのも躊躇する。そんな繊細な作風が魅力の津森七さんの短編。

 ひとりの少年に出会ってしまった男の、独白、末路、もたらしたもの……。

 

【読み始め】2024年1月21日
【読み終わり】2024年1月21日

 

 

 
2024年1月21日【読了】

 未成年者を○○してしまうお話というのは、昔々M崎事件の後にしつこいくらいに展開された「オタクバッシング」の火の粉を少なからず浴びた私にとって、ある意味鬼門であるといってもいい。

 ※なんのこと?と思われた方は各自、自己責任でググってどうぞ……

 怖い話が好きな私をして体が勝手に避けて通るこのテーマを、最後まで一気に読ませてしまう津森さんの筆力に、ただただ脱帽というか……この作風で、このラストに向けて、よくぞ落とし込んでくださいましたな!と。

 

 独白という一方的主張のみを突き詰めることによってのみ浮かび上がる、男の異常性と事件の不自然さ。読者が捜査官とともに抱える数々の違和感を、現実から残酷なまでに軽やかに引き剥がす最後のシーン。

 30ページに満たない物語の中に仕掛けられた一言一言が、いつの間にか割れたガラスの破片のように意識に刺さっていて、あのラストで一斉に軋みの音を立てて切り刻みに来る、みたいな。

 少年とは、かくも、かつて少年だったものを惑わすのか?

 

 決して救いのあるお話ではない、と思う。

 けれどこのお話を読むことで何かを自らに問う人は居るかもしれない。その問いの向こうに、こちら側に踏みとどまることを決意する人も、あるいは……。

 

 

【読書記録】らじおがたりもっと

文学フリマ東京でお迎えしました


 文学フリマ東京でお迎えした作品。

 以前に読んだ『らじおがたり』の続編。小気味良い文体で、さまざまなジャンルの掌編が紡ぎ出される本シリーズは、まさに贅沢の極みと呼べる一冊じゃないかしら?

 ※書影は私が独自に撮影したものです。作者様や発売元様よりご要請ありましたら、画像の削除又は差し替えることがあります。


【読み始め】2024年1月17日
【読み終わり】2024年1月21日

 

 

 
2024年1月17日

 甘酸っぱい雰囲気を醸す一本目のお話から始まったと思うと、SF風味サスペンス、現代ファンタジー、ブラックユーモア全開もの……と、今回もまた多種多様なお話が次々に飛び出す。

 本を読むという行為は、ページを開いたその瞬間に舞台の幕が開き、その場所が特等席になるという、めちゃくちゃお得なエンターテインメントだ。この快適な椅子にずっと座ってたい……帰るのめんどくせーんだよなあ……とまあ、本書を読み始めると必然的に自堕落スイッチがonになるのだが、似たような気持ちになる場所があったはずなんだよなあとよくよく思い出せば、それは初笑い寄席で行った鈴本演芸場だった。

 外は真冬の寒さ厳しい夜だ。他のお客さんの笑いさざめきも心地よい温かな演芸場で、入れ代わり立ち代わり話芸や色物で楽しませてもらって、嗚呼腹減った……けど、このまま笑い疲れて寝ちゃいたいな……お泊りプランとかないのかな?帰るのめんどくせー……となっちゃう。

 そんな寄席と同等の本書、つまりは極上のエンタメ宝箱ってことだよね。

 

2024年1月21日【読了】

 一冊目からトーンダウンすることなく、多彩な作品の数々で最後までわくわく……で読み終えられた。ありがとうございますm(__)m

 

 二冊目を読んでみて、さらに確信を固くしたことがある。

 それは、作者のバックグラウンドと作家性の「豊かさ」だ。

 真摯なSFファンとお見受けする硬質な筆致には、ただただ科学的知識に耽溺するだけではないユーモアや愛や世の中に対する皮肉が程よく乗っていて、初読者や最先端科学に詳しくない読者にも広く門戸を開けて待っていてくれるような温かさが、全ての作品に「作風」としてしっかりと反映されていると思う。

 私の拙い人生経験において、このような書き手は実はあまり多くを知らない。

 博覧強記ゆえに読者を置いてけぼりにする書き手とそれを目指す書き手は今この瞬間もたくさんいる。哲学や主義主張を織り交ぜるのに必死なあまり、登場人物の個性が希薄な物語や、いっそ物語を排してしまったのかしら?と思われる日記なのか私小説なのか判別不明なお話もある中、ただひたすらに『次はどんな風に読者をびっくりさせようか?』ということにひたすら注力する本書のような、安心して手に取れる作品というのは今では古典派と呼ばれてしまうのだろうか?

 

 エッセイや体験談を集めた作品が全盛の昨今。作り話が実話に追いつけないのだろうな、という諦めの中でそれでもなお物語を『創作』ことにこだわる人たちが居る。

 その人たちが日々、楽しいものを楽しみ、笑い、悲しみを悲しみとして味わって、宇宙の仕組みと向き合いながら、健やかに文字を書き連ねていけますように……。

 本書を読み終える時に、またこの素敵な時間が……三冊目と出逢えますようにと願わずにはいられなかった。

 

 最後に、特に「大好きだ!」と思ったお話を、厳選して三つ挙げておくことにする。

 ・生きるリズム……オカルトについて、研究というほど真面目に探究してないけど大好きだよという私だが、日頃幽霊について思うことに「可」のハンコをもらったような気がした作品

 ・憧れの庭……作品中に出てくる映画、観てみたい!

 ・熟考の成果……ブラックユーモアとはこういうことさ、と洒落のわからん人々に勧めて自己啓発を促したいっっ(´;ω;`)ウゥゥ

 

【読書記録】京都妖界案内

 

 

 2023年12月に京都へ日帰り旅に出た。

 数々のおつかいをこなしたのち、ミケパンチさんの絵と語らい、そういえばギャラリーの住所は……と思い出してGoogleマップで検索。以前より伺いたいと願っていたアリバイブックスさんがギャラリーの御近所だった。

libris.ne.jp

 四書店の共同運営という形態ながら、店内は最初から「そういう古書店」だったように心地よく個性が混ざり合っていて、なるほどこれは長居してしまうなあと思う。

 なんでもきっちり分類して、需要に応えろ・個性を出せ・ターゲットを絞れ、と言われる昨今において、こういう空間はむしろホッとできてうれしいよな……と私自身の本屋さんとしての在り方にも大きなヒントをいただいた気がする。

 そんなアリバイブックスさんにて。

 奇をてらわず、私が大好きだ!と思った一冊をお迎え――


【読み始め】2023年12月19日
【読み終わり】2024年1月21日

 

 

 

2023年12月19日

 アリバイブックスさんでお迎えした数時間後、帰りの新幹線の中で読み始め。

 今さっき歩いたばかりの通りを思い出しながら本書を読むと、そのリアルさ加減たるや「もしかして怪異とすれ違っていたりして」なんて勘違いもするほどであり、想像に残りの糖分を使い果たして早々に眠くなってしまった。

 

2024年1月18日

 文学フリマ京都8から帰ってきて、少々の体調不良で本を読むのもままならなかったけれど、ようやく朝の読書時間を確保できるまでには回復したらしい。

 京都の残り香が漂っているうちに本書を読み終えたくて、さっそく手に取る。

 これを機に「読んだ気になっている古典」を読みたいなあと、本書内で紹介される書物情報に付箋を貼っているのだが、それ以外にも付箋を貼っとこうかな?と思う情報が実はぎゅうぎゅうに詰められていることを発見した。実際に京都に行き、足を使って街を観察したゆえの、好奇心の発露ってやつだろう。ガイドブックよりもディープでダークな京都案内というのは、なるほど本のタイトルに偽りなし。

 

2024年1月21日【読了】

 古地図と現代地図を突き合わせて、実際に足を運べる「異界の入口」だけでなく、怪異の正体に迫るための参考文献まで、本書で詳らかにされる京都の情報は興味深いだけでなく幅も深さもボリューミー。私自身何度か歩いた場所でも、別角度からもう一度見て見たい!と思わされたりと、読んで良かった実用書だった。

 

 気付けばまあまあの数の付箋を貼っている。

 もう一度通読して、付箋をひとつひとつ外しながら情報を深掘りして、足腰が元気なうちに、本書を頼りに広い京都を歩き回って散策したいなあ。

 アリバイブックスに伺った年末と、年始の文学フリマ京都8。これまでに行ったつもりで行ってなかったスポットも訪れたけれど、カジュアルな観光ではすくい切れない秘密はまだまだいくらもあるというのがわかった。そして、何度か訪れた場所にも、見落とした闇が千年の時を越えて今なお蟠っているのだということも。

 さて、次はいつ、京都に行こうかなあ。訪れる順番も含めて、しっかり計画しなければ!